「えぇ、実は…」
不動産屋の方は続けて小声で
「ご主人が精神疾患で働けなくなってしまいまして。今、奥様と、お子さん達はすでに別の場所に先に住んでいるんです。」
「あぁ、そうだったんですか。」と主人。
私は、その瞬間、あぁ、この家を買うことはないだろうなと思いました。
この家に住んでいた子供たちがどのくらいの年齢かわからないけれど、少なくとも、まだそんなに大きくはないであろうことはご主人のパッと見た年齢の雰囲気からも分りました。
もしかしたら、家とそんなに変わらない子供がいるのかもしれない。
住んだ間は少しの期間だったかもしれないけれど、この家にきっと沢山の思い出があるはず・・
その家が、私達のような同じ世代くらいの一家が、かつて自分たちが暮らしていた家に住む光景を目にしたら、特にお子さんたちはどう思うんだろう・・。
子供心に複雑な気持ちになったりはしないだろうか。
咄嗟に、地元の姉妹の家の出来事が脳裏でオーバーラップしました。
お姉ちゃんが「家を手放したくない」と言って、泣き縋る光景が頭をよぎりました。
多分、私自身にこのようなバッググラウンドがなければ、あまり気に留めなかったかもしれません。
売主だって、早く家を売りたいに決まっているのだから、そこまで深く気にする必要のない話かもしれません。
主人はかなり買う気満々でしたが、私は気が進みませんでした。
売主側のご家族の背景だって、こちらが想像した通りなんてことはまずないでしょうし、お子さんだって、住んでいた家に対して何の執着も抱いていないかもしれません。
単純に、私が、自分の周囲の境遇と重ね合わせたにしか過ぎないかもしれませんが、何となく一抹の不安を抱きながら住むのは気が引けるものです。
主人には、気が進まない事情を話し、辞めることに。その後、家はすぐに売れてしまったようですが、(売れて良かったのだろうけど)あのご家族一家が、他の場所で幸せに暮らしていることを願うばかりです。
地元の姉妹の家は、まだひっそりと佇んでいます。
かつて住んでいた一家の生い立ちを知る身としては、明るい笑顔が行き交い、笑い声に包まれた家族の安らかな居場所、まるで人生の春を謳歌したかのような家が、今はシーンと辺り一体静まり返り、思い出に包まれながら雪に埋もれ、ただポツンと建っている姿を見ると、なんだか寂しい気持ちが込み上げてくるものです。
姉妹は、今は遠く離れた別々の場所で、それぞれの家庭を築き、幸せに暮らしているようです。
母の友人でもある、姉妹のお母さんとは、私は会うと会釈する程度のお付き合いでしたが、子供たちを守るために一生懸命に働いていた生き様は、胸を打たれるものがあり、きっとこの先も忘れることはありません。
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